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張赫宙의 『광야의 처녀(曠野の乙女)』와『행복한 신민(幸福の民)』론 - 만주개척 조선이주민을 형상화한 국책문학 -

張赫宙の『曠野の乙女』と『幸福の民』論 - 滿州開拓朝鮮移住民を形象化した國策文學 -

발행
2008 등록이 논문은 발행 시점을 확인하지 못해 원문 등록일을 적었습니다. KCI가 2005~2008년에 옛 논문을 몰아서 올린 탓에, 그 시기 등록분은 발행보다 평균 3~5년 늦습니다. 실제 발행연도는 더 이를 수 있습니다.
소속·발행
충남대학교
출처
국내 KCI
DOI
10.15733/jast.2008..37.273
UCI
G704+INS000005065-ART001284173
원문등록
2008-10-06
원문
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개념
키워드

張赫宙, 曠野の乙女, 幸福の臣民, 親日文學, 滿州開拓文學

초록

本稿は張赫宙の日帝植民支配末期の親日的な作品のなかで、滿州移住朝鮮人の生活を國策的立場から描いた『曠野の乙女』と『幸福の民』の分析を通じて、日帝の滿州支配と內鮮一体による皇國臣民化の正当性を形象化した作家的努力の實体を確かめてみた。また、このような作品を擁護的立場から評価しようとする硏究者の姿勢についても批判的な考察を試みた。
  その結果、『曠野の乙女』は滿州事変以前の索漠とした間島の描寫とともに、初々しい乙女の幸せな暮らしを蹂躙するのがイデオロギーの對立で明け暮れる民族主義者と共産主義者陣營であることを强調し、民族の獨立に命を捧げた多くの志士の行跡を歪曲している作品であることを確かめてみた。
  そして、『幸福の民』は日帝が滿州一円の支配を始めてから、安心して暮せるようになった間島地域の移住民の生活を描くことで、滿州事変の合理化を狙った作品であることが確認できた。
  これらの作品は張赫宙の代表的な親日的作品集『岩本志願兵』と同じように、日帝の朝鮮支配を旣定の事實として受け入れ、皇國臣民化を成すための啓蒙的手段として執筆されたものと言える。
  それにもかかわらず、一部の硏究者は親日作家の作品だからといって放置しておくことはできないといった言說の下に、これらの作品に對する擁護的評価を下している。しかし、張赫宙の日帝末期の小說に關心が持てないのは時局迎合的な作品の特徵からして、讀者の興味を引けるほどの水準に達していないことにその理由は求められる。

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